縦書き by 涅槃 『鳩ヶ谷博物誌』へ 『郷土はとがや』 第№69号 平成24年5月18日
蝶から見た温暖化3 藤波 不二雄
温暖化に伴い鳩ヶ谷地域でもツマグロヒョウモン、ナガサキアゲハおよびムラサキツバメの三種の蝶が定着したことを本誌六〇号並びに六二号で報告しましたが、その後新たにアカボシゴマダラが定着し、蛾の仲間ではクロメンガタスズメ、ビロードハマキ等が確認され、今後さらに分布拡大するものと思われます。また、ナカグロクチバも川口市域でいくつかの記録が確認されました。
アカボシゴマダラ(マダラチョウ科)
アカボシゴマダラは北海道から九州にかけて広く分布するゴマダラチョウに近縁なタテハチョウの仲間です。白と黒のまだら模様がよく似ていますが、後翅に赤い紋が並んでいる事から区別することが出来ます。
関東地方で最初にアカボシゴマダラが見つかったのは、一九九五年に埼玉県北本市にある北本自然観察公園で、南方系の蝶が見つかったとのことで随分話題になりました。
その後、川口市内でも見つかり、二〇〇九年八月二十六日芝の長徳寺(幼虫)、七月二十六日行衛地区(成虫)、八月二十三日石神地区(成虫)、九月十日芝の長徳寺(成虫)等で記録され始めました。そして二〇一〇年には、安行領家、赤井、新郷地区などでも観察されるようになり、二〇一一年には春型の成虫も頻繁に観察されるようになり完全に定着しました。
鳩ヶ谷地域では二〇〇九年に緑町付近の旧芝川で観察されたとの情報がありますが、確認が出来たのは二〇一〇年九月四日桜町六丁目で観察されたのが初めてです。二〇一一年には八月から一〇月にかけて毎日のように観察され留蝶になりました。そして、鳩ヶ谷本町二丁目の樹林縁のエノキで幼虫や蛹が見つかり、三光稲荷神社周辺のエノキの幼木でも卵や幼虫が見つかったことにより確実に定着したものと思われます。
アカボシゴマダラは奄美諸島にのみ生息が確認されている蝶で、関東地方で観察されている個体は中国大陸産の亜種と推定され、人為的に持ち込まれて逃げたかあるいは故意に放蝶されたものと言われています。本来の生息地である奄美諸島のアカボシゴマダラ幼虫の食草はリュウキュウエノキで、その分布域は南西諸島から山口県萩市見島(萩港の沖合約五十㎞)が北限といわれており、櫃島八幡宮の境内にあるリュウキュウエノキは幹回りが六㍍を越える貴重なものです。リュウキュウエノキはクワノハエノキが正式和名で奄美地方ではブブギと呼ばれており、小正月の前日十四日は「なりむち」と呼ばれ、奄美に古くから行われている行事で、赤・黄色・緑など色とりどりの餅を小さく切ってリュウキュウエノキの小枝にさし、家やお墓に飾って家内安全や豊作祈願をします。
関東地方に分布するエノキでは奄美大島産のアカボシゴマダラの幼虫は成育が悪いことが報告されていることから、関東地方で分布を広げているアカボシゴマダラは奄美諸島のものとは違う亜種であることが推定されます。エノキは昔から関東地方に自生しており万葉集にも
吾が門の榎の実もり喫む百千鳥千鳥はくれど君ぞきまさぬ
と詠われています
江戸時代には一里塚の目標として植栽されていました。
日のかげの残る榎実や一里塚 浮 左
エノキは前述の万葉集でも詠われているように、黄赤色の実を多くの野鳥が食べることにより、広い地域に分散させています。苗木のような比較的若いエノキの方がアカボシゴマダラの幼虫を見かけることが多いところから、定着し、急速に分布を広げているのはゴマダラチョウと棲み分けており、緑が多い住宅地や都市公園のエノキが好適な生息環境となっているのかも知れません。
アカボシゴマダラは空中を滑るようにすばやい飛翔をする個体が目立ちますが、雌は雄よりも飛翔がゆるやかで、マダラチョウの仲間に多くみられるように小刻みに体を上下に動かして飛び跳ねるように舞います。さらに雄よりも一回り大きく翅も丸みをおびているので、飛翔する姿はアサギマダラやオオゴマダラにそっくりです。特に春型の個体は全体に白いために遠目にはオオゴマダラによく似ています。すでに報告しているツマグロヒョウモン、ナガサキアゲハが市内で普通に見ることが出来るように、アカボシゴマダラも常連として仲間入りする日も近いものと思われます。
クロメンガタスズメ(スズメガ科)
二〇〇九年八月十七日に埼玉県北本市にある北本自然観察公園で観察されたのが、埼玉県初確認と新聞にも掲載されたクロメンガタスズメはその後、埼玉県内各地で観察されるようになりました。
背中に人面模様のあるスズメガの仲間で、近縁種のメンガタスズメは従来関東にも分布していますが南方系のクロメンガタスズメの分布域は本来九州以南でしたが、近年の温暖化の影響もあり生息域を広げ、今では関東でも広く確認されるようになりました。幼虫はメンガタスズメと酷似していますが、クロメンガタスズメの方が尻角の曲がり具合が大きいことで区別できます。体色は、褐色型、緑型や黄色いタイプもあるようです。幼虫の食草はゴマ科、ナス科(ナス、トマト、ジャガイモ、チョウセンアサガオ、)、ヒルガオ科(セイヨウアサガオ)、ゴマノハグサ科など食草の種類は多いが、クマツズラ科のクサギやボタンクサギ等もかなり利用しています。ボタンクサギは別名ヒマラヤクサギあるいはベニバナクサギとも呼ばれる中国南部からインド北部が原産地で比較的耐寒性のある植物です。名前の通り葉には強い異臭があります。近年、ボタンクサギも鳩ヶ谷地域で増え始めています。最初に確認したのは桜町一丁目の湧水公園の湧水路でしたが、現在は我が家の庭でも五十本ほどに増加しています。
川口市域でのクロメンガタスズメの最初の記録は、行衛地区にある見沼自然の家で中学生が採集したのが最初です。筆者も同所で二〇一〇年六月十三日に二頭を観察・撮影しましたが、鳩ヶ谷地域では二〇一〇年七月十三日に三光稲荷敷地内から流れる湧水路内で成虫の遺骸を拾得し、八月二十六日には桜町六丁目の筆者宅のボタンクサギで幼虫を見つけ、十一月二十日頃までに十数頭の幼虫を観察しました。幼虫の大きさは最大で十二㎝ほどで、ボタンクサギの葉は殆ど丸坊主にされましたが、終齢幼虫になったものは地上を這って、堆肥置き場まで移動しました。二〇一一年五月に堆肥の一部を掘り起こしたところクロメンガタスズメの蛹が出てきました。しかしながら、肝心の成虫の姿を確認できずにいます。
クロメンガタスズメの幼虫は農業に大きな被害が生じる恐れがある害虫として、埼玉県より平成二十三年七月二十三日に特殊報第一号が発行されています。
ビロードハマキ(ハマキガ科)
ビロードハマキは漢字表記すると天鵞絨葉巻と書きますが、その名の通り大変美しい模様のある蛾です。二〇〇三年から都内での発生量が増加しており、現在の北限は茨城県辺りまでといわれています。雄と雌で大きさや前翅の模様の白色が占める領域の大きさが異なります。飛んでいる時にはオレンジ色の羽が目立ちますので確認も容易です。 幼虫で越冬し、カエデ科(カエデ、モミジ)、ツツジ科(アセビ)、ツバキ科(ツバキ)、ブナ科(カシ)、ヤマモモ科(ヤマモモ)、モクレン科(オガタマノキ)、クス科(クス)等の常緑樹の葉を合わせた中にいますが、これが葉巻に似ているところからハマキガの名がついています。筆者が埼玉県内でビロードハマキを最初に確認したのは二〇〇八年五月二十一日新座市の平林寺で幼虫を観察し、川口市域では同じ年の九月十七日に安行領家の興禅院付近の植木畑で交接中のビロードハマキを観察したのが最初でした。
鳩ヶ谷地域での記録は二〇一一年六月二十日に桜町六丁目自宅庭のサザンカ、九月十九日に本町四丁目みのり幼稚園正門付近のアオキ、十月一日には東縁見沼代用水にかかる北谷橋付近で散策中飛来して右足に止まる、等の観察記録があります。今後は更に増加するものと思われます。
ナカグロクチバ(ヤガ科)
ナカグロクチバも小型の蛾の仲間で、七月~八月頃と、九月~十月頃の二回発生します。本来の生息地は南の地域が多く、本州から小笠原・四国・九州・対馬・大東島・種子島・屋久島・更には南西諸島の沖縄諸島・等に分布し、タデ科(イヌタデ)、トウダイグサ科(エノキグサ、コミカンソウ)、ミソハギ科(ヒメミソハギ、ホソバヒメミソハギ)、ザクロ科(ザクロ)等が幼虫の食草として知られています。二〇〇八年九月二十七日にさいたま市見沼区で観察され、その後市内の中学生によって二〇一〇年九月に差間地域で採集されていることから、鳩ヶ谷地域でも近い将来生息が確認されるのではないかと思っています。
参考文献
藤波不二雄(二〇〇七)『蝶から見た鳩ヶ谷の温暖化』郷土はとがや、鳩ヶ谷郷土史会会報・六〇号p.84-88
藤波不二雄(二〇〇八)『蝶から見た鳩ヶ谷の温暖化』郷土はとがや、鳩ヶ谷郷土史会会報・第六二号p.63-66
埼玉県病害虫防除所(二〇一一) 『クロメンガタスズメ幼虫によるトマト、ナス等の被害発生について』特殊報第一号