縦書き by 涅槃 『鳩ヶ谷博物誌』へ 『郷土はとがや』 第67号 平成23年5 月18日
鳩ヶ谷の生物十四
クイナの仲間
藤波 不二雄
水鶏(秧鶏)と書いてクイナと読み、ツル目クイナ科の鳥の総称です。体の大きさはスズメ大から小形の鶏位の大きさの種類まで約百三十種類が世界中に分布・生息しています。
日本で記録のあるクイナの仲間は十三種類で、そのうち鳩ヶ谷市内で記録のあるのはクイナ、ヒクイナ、バン、オオバンの四種類です。ちなみに、川口市内では前記の四種類以外にシマクイナ、ヒメクイナといった小型の種類も数例の記録があります。その他のクイナの仲間は沖縄から南西諸島に分布する種類で、国の天然記念物に指定され沖縄本島の北部地域のみに分布するヤンバルクイナ、南西諸島に広く分布するシロハラクイナ、オオクイナなどがいます。そして近年になり新しく記録された種類としてコウライクイナ・コモンクイナ・ハシナガクイナ等の南方系のクイナ類(原稿を書いた後に、関西地方で日本初記録のウズラクイナが追加されました)、そして日本では絶滅種として記録されているマミジロクイナがあります。
クイナ科の鳥の特徴として、大部分の鳥が低地の川や湖・沼といった水辺や湿地などで水辺の植物の茂みの中で生活しています。その生活史が詳しく研究されている種類は僅かです。クイナの仲間は人が近よりにくい湿地の中で隠れるようにして生活している上に、夜行性の傾向が強いため人目に触れにくいと言うことがあります。また、クイナ類は渡りの時以外はめったに空を飛ぶことがありません。前後に広がった四本の長い指が体重を支えるとともに、広い面積に力を分散させて、地面にある草を押しつけるようにして歩きます。ゆっくりとした足どりで、足を少し持ち上げるようにして体の方に引きつけるようにしてから、一歩一歩とゆっくり歩みを進めていきます。
忍者のようなクイナ
クイナ(Rallus aquatics)の分布は旧北区、ユーラシア大陸の温帯から亜熱帯、アフリカ大陸などに繁殖・分布することが知られています。亜熱帯地方に生息するクイナは冬期にはインド、中国南部地域あるいはインドシナ半島等に渡って冬を越します。日本では東北地方から北海道で繁殖していますが、近年では栃木県、尾瀬などでも繁殖が記録されているようです。半夜行性で湿地の草むらを好むために正確な生息分布はわかっていません。クイナの夏羽は体の上面が褐色で黒い縦斑があり、顔から胸は青灰色です。嘴は長く、上嘴、下嘴ともに赤く、足も薄い赤色をしています。鳴き声はキュッあるいはクイクイクイなどと連続して鳴きます。
クイナ
鳩ヶ谷市内ではクイナの生息可能な場所は殆どありませんが、トンボ公園があった頃に生息が確認されています。そして、近年では越冬期に天神橋付近の芝川にある小規模なアシ原で時々観察されるようになりました。
四十年以上前のことですが、安行領家の赤堀用水から東側に広がる水田地帯で、所々に水を張った休耕田がありました。この場所は道の駅「川口あんぎょう(樹里安)」や「安行植木取引センター」などがある場所ですが、この湿地で野鳥の調査中に十羽前後のクイナが開けた場所に集まってきました。この頃でもクイナは簡単に見られる野鳥ではありませんでした。一度に十羽前後のクイナを見ることが出来たのには驚きましたが、それ以上に興奮したのはクイナがダンスを始めたことでした。一般にはクイナは群れ行動は行わないと言われていましたが、飛んだり、跳ねたり、羽を広げたりと鶴のダンスを見ているようでした。ほんの数分ほどの出来事でしたが騒ぎがおさまると、素早い足取りで草むらに消えて、その後は全く姿を見せませんでした。この様なダンスはこの時に見たのみで、その後、何度もこの調査地を訪れましたが見ることは出来ませんでした。このダンスは何を意味する行動であったのか未だに理解できません。
クイナは次のヒクイナと区別するために、以前はフユクイナと呼ばれている時もありました。全てのものが冬枯れして、何となくもの悲しい感じがする厳冬期に、アシ原からゆっくりと出てきたクイナが静かに近づいてきて、目の前を通り過ぎていくことがあります。この様な時にはクイナは警戒心の強い鳥であるというイメージが崩れそうになります。
和歌にも詠まれるヒクイナ
ヒクイナ(Porzana fusca)は漢字表記すると緋水鶏または緋秧鶏と書きます。頭部から腹は赤褐色、下腹部から下尾筒は白と黒褐色の縞模様があります。体の上面は緑色味のある褐色をしています。また、嘴は黒く足と虹彩は赤色をしています。雛は光沢のある黒い綿羽に包まれており、嘴は淡赤色で中央に黒色の横縞があります。鳴き声はキョッ、キョッ、キョッ、キョキョキョと初め遅くだんだん速く鳴く傾向があります。危険が迫ったりして警戒する時にはケレケレケレと鋭く鳴くこともあります。繁殖期には草むらの中でキョッ、キョッ、キョッ、キョッと金属的な声で一声ずつ区切って鳴き、キョキョロロロロという尻下がりの連続声で鳴き終わることが多いようです。
ヒクイナ
夕方から夜にかけて、または早朝に鳴くことが多いが曇天や雨の日には昼間にも鳴き声を聞くことかあります。水辺やヨシ原などの湿地に巣を作り、主にイネ科植物やヨシ、スゲ類の葉や茎を使って皿形の巣を作ります。卵数は五~九個で、雌雄で約二十日間抱卵します。離巣性が強く、雛は孵化後まもなく巣を離れて親に連れられて歩きます。そして、孵化後数日後には自分で餌を食べる事が出来ますが、親に口移しで給餌してもらいます。更に数日立つと自力で餌をとるようになります。
卯の花の匂う垣根にホトトギス早も来鳴きて、で始まる唱歌「夏は来ぬ」の歌にはホトトギスだけでなくクイナが登場します。
楝散る川辺の宿の 門戸置く水鶏声して
夕月涼しき 夏は来ぬ
五月闇蛍飛び交い 水鶏鳴き卯の花咲きて
早苗植えわたす 夏は来ぬ
クイナは古来より短歌や俳句などで多くの歌が詠まれていますが、その殆どが冬鳥のクイナではなく、夏鳥として渡来するヒクイナが詠まれているようです。特に、戸を叩くというのは、キョッキョッキョッといういかにも戸を叩いているように聞こえる声から夏鳥であるヒクイナが連想されます。
竹の戸を夜ごとにたたく水鶏かな ふしながら聞く人をいさめて
杣人の暮にやどかる心地して いほりをたたく水鶏なりけり
夜もすがらささで人待つ槙の戸をなぞしもたたく水鶏なるらむ
西行法師
「源氏物語」では、光源氏が蟄居した明石の屋敷周辺が自然環境に恵まれていたことが窺われ「くひなのうちたたきたるは、たが門さしてとあはれにおぼゆ」と、ヒクイナの声が門を叩くような音に聞こえると表現しています。また、徒然草にも「五月、菖蒲吹くころ、早苗取るころ、水鶏の叩くなど、心細からぬかは」と、クイナに関する記述がありますが、時期的に見てもこのクイナはヒクイナであることが想像できます。
環境省の繁殖分布調査によると、ヒクイナは一九七八年の繁殖期には北海道から沖縄県まで広く生息していました。ところが、一九九七~二〇〇二年の調査では一道一府二十五県で生息が記録されたものの、全国的に生息地域が減少し、特に本州中部以北の地域での減少が顕著でした。これらのことから、一九七八年以後にヒクイナの繁殖分布は縮小していましたが、バード・リサーチの研究報告によれば近年では多少回復傾向にあるようです。バード・リサーチでは、ヒクイナの情報を収集するために、現地調査,アンケート調査、文献調査、聞き取り調査などを実施しました。その結果、二〇〇六年から二〇〇九年の繁殖期にはヒクイナは、本州中部の内陸部や日本海側、北日本で生息が確認されない地域が多かったものの二府三十三県で生息が確認されました。
親子兄弟でヒナを育てるバン
バン(Gallinula chloropus indica Indian)はツル目クイナ科の野鳥で、英名はMoorhenと呼ばれています。全北区、東洋区、新熱帯区、エチオピア区などの広い範囲に生息・分布し、オーストラリア区を除く世界中の温帯から熱帯で繁殖分布します。冬期は温帯の個体は南方へ渡って越冬します。日本においては北海道および本州北部では夏鳥、それより南では夏鳥あるいは留鳥です。しかし、一九六〇年代頃は関東では冬鳥とされ
泳ぐバン
ていました。移動の時期になると夜空をキッキッキッというような声で鳴きながら飛んでいるのが、家の中にいても聞こえてきます。この声がバンの声であるということは今では図鑑などにも記載がありますが、三十年以上前までは良い野鳥図鑑がなく自分たちの経験の蓄積から識別力を養っていました。その頃知り合った友人が、夜空をキッキッキッと鳴きながら移動する鳥の声がわからず十数年間疑問に思っていたが筆者の話を聞いて、ようやくわかったと喜んでいました。日本での生息地は主に、湖沼、河川、水田、ハス田などの湿地です。
湖べりへはしれる鷭や滑走路
と水原秋桜子の句に詠われていますが、飛びたつ時には水面を足で蹴るようにして助走します。しかし、通常は長い距離を飛ぶことはありません。
バンは雌雄同色、体は黒色で同じ仲間のクイナより大きく、嘴の先は黄色で上嘴から前額に鮮やかな紅色の額板があります。
頭部から頸と体の下面は灰黒色で、脇腹に白色の縦斑があり、下尾筒の大半は黒色で両側の羽は長く、白いのが特徴です。
背と翼は緑黒色ですが、脚は緑黄色、脛節から上は赤く水掻きはありません。幼鳥は全体に黒色です。鳴き声は「クルルル」「ケッケケケ」といったような声で鳴くところから、鷭の笑いと表現する人もいるようです。
クイナほど警戒心は強くありませんが、物音や人影などに敏感で、すぐに草むらに身を隠す性質があります。また、オオバンのような水掻きはありませんが、水面を速く泳いだり、潜水もできます。また、水面を泳いだり、ハスなどの大きな葉の上を歩きながら水草の葉、茎、種子などを採食します。
また、水辺の昆虫、貝、甲殻類、オタマジャクシなども捕食します。
繁殖期は主に四月から八月で年に一~二回、繁殖します。 一夫一妻、中には一夫多妻(巣は一つ)の報告例もあります。つがいを形成する頃には、雌雄で相互に餌の交換を繰り返します。
巣づくりは雌雄共同作業でアシ、ガマなどの草むらや水田に枯れ草などを積み上げて皿形の巣をつくります。一巣の産卵数は五~九個です。稀には、種内での託卵もあるため、一巣の卵数が二十個近くになることもあるようです。抱卵は雌雄交代で行い二十一~二十三日間抱卵します。孵化した雛は早成で雌雄が雛に給餌します。孵化後二~三日間は巣で抱雛されますが、その後は巣から離れます。雛は生後、約二十五日ほど経つと自分で採食し、四十~五十日後には飛べるようになります。そして若鳥の額板が鮮やかな紅色になる頃には親の縄張りから出ていきます。
形成した縄張りの防衛は脚でけり合ったり、嘴を突きだして頭を下げ、両翼を上げて威嚇します。時々、三羽が三つ巴の争いをすることもあります。この争いはかなり激しく三羽が六本の足を絡め合って、両翼を激しく水面に打ち付けるようにして水しぶきを上げながらの争いが数十分間続くことがあります。また、二回繁殖した場合、先に産まれた若鳥が、ヘルパーとして縄張り内の巣に残り、妹や弟の世話をする場合もあります。
一方、近年は人馴れしたバンも見られるようになり、見沼田圃では人の手からパンをもらうバンがいて驚きました。パンを銜えたバンの行き先を見ていると草陰に数羽のヒナがかくれていました。危険がないと判断したのか毎日餌を与えている人がいて、その人の手からパンを銜えていきます。他の人からはとりませんが、それでもバンの近くへパンを投げるとしばらく様子を見ながらパンを取りに近づいていきます。育ち盛りのヒナを抱えているので多少の危険はあっても背に腹は替えられないといったところでしょうか。自然の餌を探すのが難しいこともあるようですが、あまりにも人馴れしているのも困りものです。やはり、野生のものは野生のままにするのが良いのではないかと思います。
鳩ヶ谷市内でのバンの繁殖は、昭和四十年代に里の鳩ヶ谷高校バス停付近にあった田圃一枚ほどの休耕田で繁殖を観察したのが最後です。その休耕田が里地区の区画整理事業に伴って埋め立てられたため、その後の市内での繁殖記録はありません。しかし、近年になって新芝川で生息が確認されるようになってきたので、繁殖している可能性があります。前述した休耕田にはオモダカ、コナギあるいはイグサやカヤツリグサの仲間の植物が繁茂していました。それらの纏まった茂みを利用して巣を営み、繁殖していました。道路に面していたのでバスの車窓から巣が丸見えの状態で、親鳥が巣を離れている時には数個の卵が見えていました。ヒナが生まれてからは親の後をついて歩いていましたが、これらのヒナが全て成長したかどうか見極める前に休耕田が宅地化のために埋め立てられてしまいました。
オオバン
オオバン(Fulica atra)はユーラシア大陸~オーストラリア大陸で繁殖し、冬期は熱帯から亜熱帯地域に渡るものが多いようです。日本では主に本州中部以北、北海道などで繁殖しますが、最近では関西以南でも繁殖が確認されています。琵琶湖などでは数千羽の群れを作ることもあるようです。江戸時代頃までは前述のバンとオオバンは一緒になってバンと呼ばれていたようです。
埼玉県戸田市の荒川沿いにある彩湖では、冬になると数百羽の群れが採餌しているのを見ることができます。特に、近年になって冬期の越冬個体数は増加の傾向にあります。
鳩ヶ谷市内ではこの様な大きな群れは見られませんが、新芝川の土手に上がってヒドリガモの群れなどと共に数羽が採餌していることがあります。この時に食べているのはスイバやギシギシなどのロゼット状の葉やイネ科の植物の葉などを食べていることが多いようです。
草地で採餌するオオバン
オオバンはバンよりも大きく、体の殆どが黒色で嘴から額にかけて白く目立ちます。目は濃い茶色をしています。足は暗緑色で指は長く、木の葉状に見える弁足と呼ばれるヒレがあることから水上生活に適しており、主に広い開水面に生息します。首を前後に振って歩くところはバンと一緒です。雌雄同色で顔や首が白っぽくて嘴は黒味のある黄色をしています。上面は黒褐色でバンの幼鳥より上面が黒っぽく褐色味に乏しい。ヒナは黒い綿羽に覆われています。鳴き声はキュルッキュルッあるいはクルルというような声で鳴きます。
水面を泳いだり、潜水したりして水草の葉、茎、種子などを食べ、水生昆虫や貝・甲殻類なども採餌します。繁殖はバンと同じように年に一~二回行います。また、歩くのが上手なので岸辺の草地で採食する事も多く、多いところでは数百羽の群れで集まることもあります。人や犬などが近づくと一斉に水辺へ移動しますが、逃走の早いのには感心します。
巣は他のクイナの仲間とほぼ同じような環境でヨシ原や草むらの中の水面に、雌雄で枯草を積み重ねてお皿型の巣を作ります。主に、雄が巣材を運び、雌が巣を整える共同作業です。六~十個程度の卵を産卵しますが、ある報告では一つの巣の中に十四卵の例があったそうです。この様な例は種内托卵あるいは複数の雌による共同産卵の可能性が考えられますが、通常は一日に一卵づつ産卵するようです。抱卵開始後二十一日から二十五日ほどで孵化します。
鳩ヶ谷市内では、天神橋付近の芝川周辺では個体数は少ないものの冬の間見ることが出来ますが、繁殖例はありません。埼玉県内での繁殖例も少なく、戸田市の彩湖あるいはさいたま市と川口市にまたがる地域に造成されている芝川第一調節池などでの繁殖例が確認されている程度で、今後繁殖例が増加する可能性もあります。
クイナの仲間は、習性が忍者的な傾向があり、人の目につくことが少ないこともあり、その生息地と共に減少を余儀なくされています。
参考文献
鎌奥哲男(二〇〇六) 『自然塾トンボクラブ』、同時代社
環境庁(一九八一) 『日本産鳥類の繁殖分布』、大蔵省印刷局
平野敏明(二〇〇九) 『日本における二〇〇〇年代後半のヒクイナの生息状況』ヒクイナ調査結果報告、バード・リサーチ
松村伸夫(二〇一一) 『ウズラクイナの日本初記録』BIRDER通巻289号
日本鳥学会(一九七四) 『日本鳥類目録』、改訂第五版