縦書き by 涅槃 『鳩ヶ谷博物誌』へ 『郷土はとがや』 第59号 平成19年5月18日
鳩ヶ谷市のタンポポの変遷
藤波不二雄
タンポポとは
タンポポはキク科タンポポ属の多年生植物の総称です。基本的には黄色い花を咲かせて、綿の種を作ります。英名の DANDELION はフランス語「ライオンの歯」を意味する dent-de-lion に由来するといわれています。これはギザギザしたタンポポの葉がライオンの牙を連想させる事に由来するようです。また、別の説としては植物学者の牧野富太郎氏によれば球形の綿毛がタンポ槍などで聞き覚えのある「タンポ」に似ているところから「タンポ穂」、「タンポポ」になったのではないかとの説を唱えています。その他、民俗学者の柳田国男氏によれば、子供がタンポポの花茎を用いて草遊びで作る鼓の形から連想して鼓を打つ音「タン・ポポン」から「タンポポ」になったとの推測をしているが通説はないようです。ちなみに「リンゴを囓ると血が出ませんか?」の宣伝で知られている「ライオン歯磨き」のデンターライオンのデンターは造語のようです。
タンポポの全草を乾燥したものは蒲公英(ほこうえい)という生薬で解熱、発汗、健胃、利尿などの作用があり、古典的な薬草です。
また、別名を苦地菜(くじな)と呼ばれ、苦みがありますがタンポポの葉は、サラダ菜や天ぷら、として食用にもなっています。また、以前は根を乾燥させたものをコーヒーの代用品として使われていたようです。
タンポポの種類には通常知られている在来種のカントウタンポポ以外にもエゾタンポポ、トウカイタンポポ、カンサイタンポポ、シロバナタンポポ、アカミタンポポ、ミヤマタンポポ、シロウマタンポポなどがあり、外来種としてセイヨウタンポポが知られています。
一般的に都市部には帰化種であるセイヨウタンポポ、郊外から農山村部には在来種のタンポポが多く分布することが知られています。両者の分布を調べて都市化や環境破壊の程度を知ろうという目的でタンポポ調査が全国各地で行われています。近年では交雑種の問題も含めて調査が行われているようです。
関東地方に咲くタンポポの四割は遺伝子が全く同じクローンであるという事が、二〇〇六年五月十二日の読売新聞の夕刊に掲載されていました。記事によれば「クローンはカントウタンポポなどの在来種と外来種であるセイヨウタンポポの雑種。在来種を脅かすと言われていたセイヨウタンポポが、その遺伝子を在来種に託すことで雑種となって生き残りを図ったと見る」と言うことが記載されていました。
帰化種が都市部を中心に勢力を広げ、カントウタンポポは市街地では見られなくなりました。その理由としては、カントウタンポポなどの在来種は、川の土手や草原などの自然環境の豊かなところに育ち、セイヨウタンポポなどの帰化種は、開発された土地や都市化が進んだ市街地に多く見られます。また、前述したように近年は在来種と外来種の交雑種が報告されています。これらの雑種と判断されるタンポポの外総包片辺縁毛の数、外総包片の突起長および痩果の大きさにおいて在来種と外来種のタンポポの中間種と言われています。
ちなみに、植物は基本的には種子を造り繁殖するために受粉を必要とします。カントウタンポポなどの在来タンポポは花を訪れる昆虫によって花粉をつけてもらっていますが、セイヨウ
図-1 各種タンポポの総苞片の形状
タンポポは受粉や受精をしなくても種子を造り繁殖するといわれています。性を越えた無配生殖なのです。この習性を活かして都市部に勢力を拡大してきたのではないかと考えられます。
鳩ヶ谷市内での調査
それでは鳩ヶ谷市内ではどうなのか、二〇〇四年と二〇〇六年の四月~五月のタンポポ開花の最盛期に会わせて調査を行いました。調査の方法は、タンポポの外総包片の形状のみで判断して種類分けを行いました。
二〇〇四年度は市内の公園を中心に調査を行いましたが、市や公園近隣の人たちによる雑草除去が行われており、多くの場所を調査できませんでしたが図2のグラフに示した如く、鳩ヶ谷市内のタンポポは殆どがセイヨウタンポポが優先していました。
この様相は一〇年ほど前に調べた状況と殆ど変わっていませんでした。しかし二〇〇四年度の調査では八幡木の一部の地域ではカントウタンポポと交雑種が僅かながら認められました。
二〇〇六年度は前回調査の出来なかった里および辻地区を含め市内のほぼ全域を歩き調査を行いました。その結果は図3に示したように、二〇〇四年度の調査結果とは大きく異なっていました。セイヨウタンポポが優先してみられた地域は里地区と辻地区でほぼ一〇〇%近くを占めており、二〇〇四年度には調査を出来ませんでしたが、おそらく今回と同じ状況であったことが想像できます。大きく変化が認められたのは坂下町地域でセイヨウタンポポが完全に交雑種と置き換わり、優占種となっていました。三ツ和地区および八幡木地区ではカントウタンポポが六割近くを優先し、セイヨウタンポポが三割程度に減少、八幡木地区では交雑種が一割を占めていました。
見沼代用水よりも北に位置する台地の本町および桜町地区でも同様でセイヨウタンポポが半減し、カントウタンポポと交雑種が増加しています。特に桜町地区では交雑種が四割を占めていました。
二回の調査結果から、
一、 セイヨウタンポポが優先であった市内のタンポポは二年間で大きく変化した。
二、 三〇年ほど前まで市内で優先していたカントウタンポポが一部の地域で大きく復活してきた。
三、 交雑種のタンポポが市内でも増加の傾向にある。
四、 農地が減少し、宅地化された三ツ和、八幡木地区でカントウタンポポの増加が著しかった。
五、 旧市街地である桜町、本町地区および坂下町では交雑種の侵入が増加した。
今後の動向
鳩ヶ谷市は現在、里地区の区画整理事業および地下鉄鳩ヶ谷駅周辺整備事業に伴い環境は大きく変化し、さらに都市再開発計画が進行しつつあり、高層建築と都市計画道路の整備計画が進んでいます。また、埼玉高速鉄道と第二産業道路が開通したことにより、交通量が増加する一方で旧市街地では大規模高層マンションが陸続と建設され、鳩ヶ谷駅前周辺は大規模店舗やマンションの新築ラッシュに歯止めが無く、急速に姿を変えつつあります。こうした都市化の影響を受け市内の緑が急速に減少し、市内に残っている空き地や芝川などの河川敷あるいは公
園などが良好な緑地として残されています。この様な緑地でも数年の間に植物は変化をしています。特に川の土手や学校・寺社の境内などには在来種が残っている傾向にあります。こういった場所は、長い年月に亘って表土が大きな改変を受けず、安定に保たれてきたことが考えられます。土地はいわゆる土壌動物だけではなく、色々な昆虫が越冬したり孵化したりする場所にもなっています。表土の保全はその土地本来の生物群集の維持にとって、非常に重要な意味を持っていると考えられます。
市内にあるまとまった緑地は、第二産業道路(大宮・東京線)を境に三ツ和から南町・八幡木地区では二十一ヶ所の公園、寺社などの緑地を含めると二十八ヶ所の緑地がありますが、北に位置する桜町・本町および坂下町では主な公園は五ヶ所、寺社などの緑地を含めても十四ヶ所に過ぎません。近年、公園の工事などに伴い敷地全体を掘り返したり新たに植栽したり、造成する事が目立っていますが、この様な方式は在来種の分布地を破壊することになります。身近に残された自然の中で、遷移が進んでいることは大きな変化です。これらの変化の影響が、都市開発に伴って変化していることは明らかであると思いますが、
タンポポは綿毛を風に乗せてより遠くへ飛ばすことによって種の保存と勢力を広げています。第二産業道路が出来て他の地域から種子が運ばれてきている可能性も考えられます。継続調査をすることにより、なんらかの環境の変化を掴むことが出来るかもしれません。
日本の在来種であるカンントウタンポポ優先の大正・昭和の時代から、セイヨウタンポポ優先の現代へと変化し、さらには交雑種の時代へと変化していくのか、時代の移り変わりがタンポポの変遷から見えてくるような気がします。環境の移り変わりが、時代の変化、歴史の流れに対応したものであることは言うまでもありません。風景の移り変わりに目を向けることは鳩ヶ谷市の歴史に目を向けていることでもあります。